【や会議】とは
人口減少が加速すると予想されている島根県浜田市弥栄(やさか)町。地域が抱える不安や課題意識に「向かっていく姿勢」が未来の期待や希望に変えられるのではないか、という想いから企画されたシンポジウムイベントです。
【イベントレポート】第5回や会議「オーガニックでつながるはまだ」
日時:令和7年 3月15日(土)
場所:浜田市ふるさと体験村 (島根県浜田市弥栄町)
「いかしあうつながり(有機的な関係性)によって、浜田の大地と海、風土をはぐくみつづけるまち」を目指す。 生産者や消費者、企業などを「オーガニック」でつなぎ、これからの浜田の農業や暮らしを一緒に考えようというのが今回の「や会議」のテーマです。
有機農業を中心に多様な人々がつながる町に
浜田市弥栄支所の新開智子氏による開会の挨拶の後、浜田市農林支援センター普及支援係長の兒島正俊氏が「オーガニックビレッジはまだ」について説明を行いました。
浜田市の農家数は、この10年で約半分に減少し、現在の農業従事者の75%が60~79歳。今後もさらに減少が予想されています。しかし、その一方で有機野菜の生産量は増加しています。
令和5年、浜田市は「オーガニックビレッジ宣言」を行い、有機農業の産地づくりに本格的に取り組んでいます。井関農機やヤンマーといった大手企業とも連携し、農作業の機械化や持続可能なオーガニック生産の推進を進めています。また、学校教育にも農業を取り入れる試みが行われており、プログラミングや生き物調査を通じて農業への関心を高める取り組みが進められています。さらに、次世代の農業の担い手を育てるため、有機農業研修制度も整備されました。
「これまで繋がっていなかった繋がり」や「弱くなっていた繋がり」を結び直し、有機農業を中心に多様な人々がつながる町にしていく。それが浜田市の目指す未来です。
持続可能な未来形の暮らしとは~土とつながり直す~
藤山浩氏(一般社団法人 持続可能な地域社会総合研究所 所長)

藤山氏の自宅は、日本一の清流を見下ろす絶壁の上にあり、「どんな都会の高層マンションよりも贅沢な眺め」と語る。その発言に、会場からは驚きの声が上がった。
講演は、浜田市における農業の担い手に関する詳細な分析から始まった。やはり、少しずつでも若い世代の新規就農が望まれる。しかし、「人口減で困っているから移住してほしい」と訴えるのではなく、「人が少ないからこそ、ゆとりのある暮らしができる」「持続可能性があるから定住する」という発想が重要であると指摘する。
また、現在の「大規模・集中・グローバル」なシステムは限界にきている。一方で、「小規模・分散・ローカル」な共生システムは持続可能性が高く、未来のあり方として有望である。アメリカにおける大規模な農地開拓が自然を破壊している現状も深刻な問題であり、地球や生態系を守るためには、競争原理から共生原理への転換が不可欠である。
しかし、農業だけで共生を実現することは難しい。輸送、情報、エネルギーといった多層的なネットワーク設計が求められ、そのためにはDX(デジタルトランスフォーメーション)が欠かせない。ドイツでは、家畜の糞尿をメタンガス発酵させ、電力と熱を生み出す牧場が各地で誕生し、エネルギー自給を実現している。日本では、鳥取県の「智頭町疎開保険」のように、都市部との関係人口を増やすユニークな取り組みも進められている。
藤山氏が提案するのは「焚火の学校」。小さな焚火は人々を引き寄せ、つながりを生む。一方で、大きな焚火は人々を遠ざけ、影(負の影響)も大きくなる。地域づくりにおいては、小さな焚火のような考え方が参考になるという。
新しい暮らしを創る有機的なつながり~オーガニックな街づくりが若者を惹きつける~
島村菜津氏(ノンフィクション作家)

EUでは有機農業の促進が進んでいる。島村氏の講演では、100枚以上の現地写真を用いて、イタリアをはじめ各国のオーガニックな街づくりの事例が紹介された。
イタリア・マルケ州のジロロモーニ農園は、ちょうど弥栄町と同じくらいの規模の小さな村。きっかけとなったのは、ある女性が日本の「大地の会」や「らでぃっしゅぼーや」のモデルをローマで学び、村のオーガニック野菜の宅配を始めたこと。そこからオーガニック生産農家が増え、現在では7割の農家がアグリトゥリズモを経営。観光とオーガニック農業の兼業によって、村の活性化が進んでいる。宿泊施設の食事にはすべて有機野菜が使われ、訪れる人々の満足度も高い。
また、空き家率75%の中山間地域でも、アルベルゴ・ディフーゾ(分散型の宿泊施設)を活用して成功した事例がある。「アルベルゴ」は宿、「ディフーゾ」は拡散という意味を持ち、この仕組みを活かして地産地消のスローフードを提供。イタリアも日本と同じく地震が多く、被災地だった「消滅危機の村」が再生したことで大きな注目を集めた。住民が流出したことを「世界中にネットワークを持つチャンス」と前向きに捉えている点も印象的である。
その他、マフィアのイメージが強いシチリア島では、有機農業によってエシカルなイメージへと変化を遂げている。また、韓国では学校給食の無償化と同時に有機食材の導入が進められている。
日本では、千葉県いすみ市が全小中学校の給食を100%有機米に切り替え、「田舎暮らしの本」において9年連続で「住みたい町ランキング第1位」に選ばれている。有機食材を活用し、子どもたちのために新しいつながりを生み出す市民活動も活発化している。
「お仕着せの民主主義」といった戦後に構築された大規模なシステムからの脱却が求められる。楽しく、そして間違いのないシステムをローカルから生み出すことは可能である。有機的なつながりが、これからの新しい暮らしを創るのです。
弥栄に人が出入りする流れを作る
小松原修氏(株式会社小松ファーム 代表取締役)、 太田章彦氏(浜田市ふるさと体験村 マネージャー)


浜田市が有機農業に力を入れる中で、大きな課題の一つとなるのは人材面である。各農家が個別に人材を募集・育成するのはハードルが高く、新規就農者も「経済的な不安」「知識の不足」「将来の不安」といった理由から少ない。
この課題を解決するため、弥栄町では「弥栄町複業協同組合(特定地域づくり事業協同組合)」を2025年1月に立ち上げた。参加法人は、小松ファーム・やさか共同農場・奥島根弥栄・島根県西部山村振興財団の4つであり、有機農業を核とした人材派遣業を行う。
この組合の目標は、以下の三点である。①安定した収入の確保 ②複数の有機農業を学ぶ機会の提供 ③出口(進路)がある。これらを踏まえ、「有機農業を始めるなら、弥栄」というキャッチコピーを掲げている。
出口としては、弥栄町複業協同組合での継続勤務、組合員としての参画、または独立・起業といった選択肢がある。さらに、他地域へ人材が流出したとしても、有機農業人材を輩出することで弥栄のブランド推進につながると考えられる。
また、有機農業を核としながら、他の職種へも複合的に展開することで、地域全体の経済への波及効果が期待できる。仕事と暮らしのバランスが取りやすく、他の産業と組み合わせることで農業の価値向上にもつながる。
現在、「いわみ留学」という制度が実施されており、この制度によって村に人が出入りすることで、さまざまな好循環が生まれている。
地域で人材を雇用し、育成することは、地域の価値向上にもつながる。今後の地域に求められるのは、住民だけでなく、中長期・短期の滞在者を含め、多様なスキルを持つ人材が出入りする流れを作ることである。
次の取り組みとして、「有機米でどぶろくを作る」ことを目指している。
つながりが未来を育てる
パネルディスカッション(藤山氏、島村氏、小松原氏、太田氏)
TVのクイズ番組のように、お題に対してパネリストがそれぞれの思いをスケッチブックに描いて発表するというユニークな進行で行われた。

①オーガニックの「一番の魅力」、取り組みの中で「感じている手ごたえ」
小松原氏:地域がだんだん元気を失うのは寂しい。なんとか元気にしたいという思いから、地域の先輩に教わった有機農業を始めた。
島村氏:地域でじっくり話し合いながら物事を決めていくことで、民主主義が深まることを実感している。
藤山氏:現代の暮らしでは「分断」を感じることが多いが、「有機農業」が人々をつなぐ役割を果たせるのではないか。
②オーガニックを進める上での障害
太田氏:「オーガニックはなんとなく良さそう」という意識はあるが、具体的なビジョンが求められる。
島村氏:消費者の意識がまだ低く、食べ物だけでなく環境への意識を高める必要がある。
小松原氏:オーガニックの価値を理解してもらえない。オーガニックが当たり前になると、逆に価格が下がる傾向もある。
島村氏:どれだけ土を育てているかなど、有機農業の違いを消費者が理解することが重要。
藤山氏:オーガニックの良さを体感することが必要。身体で経験する機会を増やすことが課題。
太田氏:農業だけでなく、観光など多様な分野と連携し、弥栄全体としてのつながりを強化していくことが大切。
③オーガニックを広げるために、今後どんな人を仲間に入れたいか
藤山氏:他地域の人を呼び込むことも重要だが、まずは地元の子供たちを大切にしたい。
島村氏:女性は裏方になりがちだったが、特に子育て世代の女性が意見を言え、それを取り入れられる環境が大切。
小松原氏:オーガニックだけでなく、地域のことを大切にする人に仲間になってほしい。
太田氏:魂のこもった世界観を伝えるには、言葉だけでは難しい。視覚化できるデザイナー(クリエイター)が不足している。
④今後の夢、抱負を漢字1文字で
島村氏:「楽」 小松原氏:「祭」 太田氏:「自」 藤山氏:「焚」
参加者からの声
近隣の「ほたるの里」も人手不足であり、人を雇いたいが給与を支払えない。弥栄の複業協同組合のような仕組みが羨ましい。稼ぐことに重点を置くと、大規模経営しか生き残れない。収益を上げるには外に高値で販売するしかなくなるが、本当は作った有機野菜を地元の子供たちに食べてほしい。一定のコスト負担について、地元住民の理解を得ることが必要。行政も、オーガニックを社会的資本として捉え、投資を行うべきである。
